スコーレ SEASON 3 アルバム3(6月9日)

お待たせいたしました! method3のレポートです

by 越川陽介

第3回目は池見陽先生にご講演いただきました。
今回は「慈しむ」をキーワードに「観我フォーカシング」をご紹介いただきました。

まず、観我フォーカシングをご紹介いただく前に、まずはじめにフォーカシングについて、創始者であるEugen Gendlin(1926-2017)の生い立ちを交えてご紹介いただきました。昨年の5月にご逝去されたGendlinがその成長の中でどのようにフォーカシングを創り上げてきたのかを語ってくださいました。そして、フォーカシングを理解するための最低限の専門用語とともに平易な言葉でフォーカシングとはどういうものなのかをご説明いただきました。

まだ言葉になっていないものを語ろうとすること、それを言葉にしようとする努力をフォーカシングではしていて、この言葉になっていないものを言葉にするのに日本語はとても適していることをお話くださいました。「なめらかな舌触り」「キーンと耳につく音」などオノマトペがそれに当たります。オノマトペは五感すべてに対応しており、自身が気になる対象を思った時に、からだに生じてくる感覚を繊細に表現する可能性を持っているようです。
このフォーカシングは創造性を最大化しようとする。つまり、創造的に考えることを援助することが出来て、それは生活場面でも役に立つと池見先生はお話しされました。この創造的に考えることが自身を振り返る上でとても有効であるとのことです。

フォーカシングをしましょう、となると、何をどうしたらいいか戸惑う方も多いと思います。そんな時に、フォーカシングで説明されていることを容易に、そして楽しみながら体験できるワークがあります。それがアニクロです。「最近の生き様を動物に喩えてみる」というワークで、その生き様をより繊細に言い表すために形容詞をつけることがポイントです。「膨らんで元に戻れなくなったハリセンボン」、「木々を忙しく飛び回るポテッと太ったフクロウ」など、単に動物で自分を表現する以上のリアリティを持って、今の生き様を言い表すことが出来ます。会場ではペアになってワークが行われ、それぞれ個性豊かな動物たちが登場しておりました。

フォーカシングの成り立ちや、体験を通して、本日のメインテーマである観我フォーカシングについてお話をしていただきました。
Skole第一回の講師であった一照さんと対談をした時に、無我について話題が出たそうです。無我とは私がいないということではなく、色々な我があって、どれも本当の自分ではないということを知ることが無我ということだそうです。日常生活を送っている中でも私たちは様々な自分がいることに気づくことができると思います。それだけではなく、苦手な上司を避けたがっている自分、何気なく発せられた友人の一言に許せない自分、と「からだで様々な言葉にならない感覚を感じている自分」という苦しみを感じている自分の一側面があるようです。観我フォーカシングではこの「苦しみを作り出している自分」をイメージしてみて客観的に眺めてみるようです。そして、もう一つ大切なことは、その自分に対して「感謝をする」あるいは「慈悲を送る」ことです。日常を振り返ってみると、他人には寛容になれて優しい言葉をかけられるのに、自分に厳しく冷たい態度を取ってしまいがちです。そして自分のことを振り返る時、嫌な自分と向き合い対峙すると考えてしまいがちです。そんな今までの考え方からシフトをして、感謝や慈悲を送ることで、今まで自分に向けていた眼差しが変わっていくようです。今回はマインドフルに呼吸に注目する中で、生じてきた雑念を感じている自分に対して観我フォーカシングを実践しました。

次回は村川治彦先生にご登壇いただきます。
第3期のスコーレも折り返しました。
これから後半戦です。次回のレポートもお楽しみに!

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