レポート method 4, class 2 《からだのマインドフルネス》

明日が変わる6つのメソッド 第8回(11月5日)

method 4《つながる》 class 2のテーマは“からだのマインドフルネス”です。

前月に引き続いて、小室弘毅さんに学びました。

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―― 先日、出会ったあるお坊さんの動きを見ていて、マインドフルネスと関連して気づいたことがありました。それは「二つのことを同時にしない」と「等速」です。

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「二つのことを同時にしない」ことは、所作の美しさや佇まいに出てきます。そして「等速」。その方の動きのスピードがすべて均等なんです。動き出しから、動き終わりまでが同じスピード。たとえばお辞儀… 普通であれば、つい動き出しが早くなりますよね。意識の動きでまず勢いがついて、その後、身体がついていくという形になる。しかし、本来のお辞儀という意味で考えれば、単に頭を下げて戻るという〈記号〉的なものではない。記号的になると途中の“プロセス”が消えてしまいます。

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―― マインドフルネスは皆さんご存じのように〈念〉の略語だとされています。念という字は「今」に「心」。だから瞬間瞬間に心をとどめるようにと言われます。挨拶であれば、頭を下げ始める時点でも、その少し先でも、下げ終わるところでも、常に「今」がある。そうすると、どの場面においても動きは「等速」になります。 今日は、その等速ということを頭においてヨーガをやっていこうと思います。

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ワークが始まりました。骨盤の修正を行います。

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――(沖正弘が体系化した)沖ヨガの流れを汲んでいるヨーガをします。沖ヨガはからだを修正するヨーガと言われています。からだが歪んだままポーズをとってしまうと、からだを壊してしまうので、修正した状態できちんとポーズをとることを重視しています。

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呼息  止息  吸息  保息

 大事なのはやはり呼吸です。呼吸は4段階あり、吐く息(呼息)からスタートして、吐き切ったら、吸う息(吸息)に転じます。基本的には「止息」や「保息」は短くなってほしい。吸ったら吐いて、吐いたら吸うというその循環のなかで、ポーズをとってください。止めて伸ばすのではなく、吐く息をふーっと吐きながらポーズをとっていくという形にしていきます。

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三密 = 動作 呼吸 意識

―― 「三密」という言葉で説明されるものがあります。「動作」と「呼吸」と「意識」の三つです。この三つを合わせないとヨーガになりません。

 「動作」はアーサナーと呼ばれるポーズ、そして「呼吸」をしっかりとする。最後に重要なことは「意識」の置き所です。どこに意識を置くのかで、単なるストレッチとの違いが出てきます。この三つがひとつにまとまったときに“ヨーガ”になります。

 そして今回、それらを「等速」でおこないます。同じスピードです。

 またのテーマはマインドフルネスです。二つのことを同時にせず、一つに集中して、等速で行う。瞬間瞬間に意識を置いていきます。

 

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―― 前回のワークで、人間は「あたま」と「こころ」と「からだ」の三つに分かれるという話をしました。僕はこの三つがバラバラに自律していることに意味があると思います。分裂しているからこその幅の広さみたいなものがあると思います。

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 イメージとしては、人間のなかに一本軸があって、そこにあたま、こころ、からだと別々の三つの輪があり、一本軸を中心に、それぞれが円を描いている感じと思ってください。それぞれは別々で回っていても一本軸を中心に回っているから、あたまも自分、こころも自分、からだも自分ということになる。別々だから、こっちに行きたい自分もいるし、あっちに行きたい自分もいる。これをしたい自分、あれをしたい自分、それらがあるからこそ、ぼくらは幅をもって自分として生きていくことができるのだと思います。

 さまざまなものを抱えられることというのは、健全性があるということです。この三つがバラバラであることも意味があるのです。

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 ところが、ある瞬間にその三つの輪が整ってしまう瞬間があります。三つの輪の回転がなぜか同じように動くようになっていく。ある瞬間、全部が一致します。三つの輪が、全部がそろって同じ幅になり、重なり、筒のような状態になるときがある。

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―― そこで大事なことは、その瞬間は<自分が整えて>といくというのではなく、僕個人の感覚ではその瞬間が<やってくる>ような気がすることです。

 からだが開かられて、のびやかであるということが理想だし、じゃあ何もせずにそうなっていくかというと、たぶんそうではない。やっぱり意識的な努力みたいなのが必要で、そうすれば、その先につながる瞬間が訪れるのだと思います。

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―― そこで外せないのが“スピリット”の問題です。ヨーガはスピリチュアリティの伝統の流れのなかにあります。ヨーガでは、からだは<スピリットの器>だと言います。僕は「器」より「筒」のほうがいいと思う。底のある器より、開いている筒。植木鉢は下が開いていて水が流れるから植木が生き生きと育つのと同じく、スピリットも流れて欲しい。だからスピリットというのは通り抜けるもので、止めてしまった瞬間にスピリットではなくなるような気がする。

 「あたま」「こころ」「からだ」の輪が全部一致した瞬間に、スピリットが降りてくるのではないかと思っています。一本の軸だと入らない。三つの輪が重なり筒になったときに、スピリットが通り抜けていくと思うのです。ヨーガであれば「動作」「呼吸」「意識」の三つを一つになることで、そのような状態がやってくるのではないかと思います。

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次回12月3日は、濱野清志さんといっしょに method 5《ひらく》のclass 1を学びます。体験するテーマは、「からだとこころに『気』がめぐるとき」」です!

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