レポート method 5, class 1 《こころとからだに気が巡るとき》

明日が変わる6つのメソッド 第9回(12月3日)

 

method 5 《ひらく》 class 1では

「こころとかだらに気が巡るとき」と題し

京都文教大学教授の濱野清志さんから、気功について学びました。

 

―― ぼくが気功に取り組み始めたのは1993年くらいからです。最初は懐疑的でした。でも、実際に自分で行ってみてやってみると、まず「気持ちがいい」というのが先にあって、からだの感じがどんどん開発されているような気がした。そのぐらいからむしろ、気功を通じて「自分自身への体感、眼差し、付き合い方」などからもう一度サイコセラピーを見直す、ということを考えるようになりました。

―― ぼくが続けきた沈再文さんの気功は、単純にからだをほぐすだけをやってくださっているのですが、なかなかいいです。最近では、中国の伝統的な道教の気功を教えてもらう機会もあり、そのなかでも「道教八段錦」という気功に、とても面白く取り組んでいます。

 

調身(姿勢) 調息(呼吸) 調心(意念)

―― 気功をしていくのに、大事なことをお伝えします。

調身は、からだを調え、しなやかにする、調息は、呼吸はゆったりと調えます。調心はこころ豊かに、のびやかにしていきます。自然に動いている自分のからだの動きに目を向けていき、それを味わっていき、それを楽しむ。ゆったりとした服装で、ゆったりとした気分でおこなってください。まずはからだを動かしましょう。

 

 

 

 

 

いよいよ気功の体験… まずは「準備功」――関節を動かす、からだを叩く、マッサージすることを通じて、全身の血の巡り/気の巡りをよくしていきます。

濱野先生の導きで、受講生の皆さんもからだを動かしていきます。

―― 地面の底、大地の底の綺麗な気をくみ上げます。おヘソの前に汲み上げてきて、お腹の中心に気が集まってくる。息を止めて手のひらを下に向けたところから息を吐きます。

気とこころの関係について

―― 「気がすべてのものを成立させている」という東洋思想があります。そこには、「あらゆるものすべてにつながっている根源」をつかまえる意識があるんだろうと思います。それが東洋的な見方。その代表格が《気》です。

 

 

 

 

 

老子の一節にも「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ずる。万物は陰を負うて陽を抱き、冲気、以って和することを為す」とあります。宇宙の世界を成り立たせている気の陰と陽の混ざり合いの一部が、僕や皆さんという形をとってきている。その根源は繋がっていて、どこかで響き合って動いているというのが《気》の感覚です。

心地よく自分のバリアをほぐし、天の気や大地の《気》の流れのなかにある「站椿功」。そこでは、私という存在でありながら、私という壁が外れて色んな人と繋がりあって引き合っている。そのような状態を、からだの感覚を通じて味わっていきます。

―― 道教にも注目してみましょう。

道教というのは気功を生んだひとつの源流です。道教の養生には「生命を重視し、体を養い、人生を楽しみ死を忌避せよ」という人間観があります。「死を忌避せよ」というのは、死に目をつぶりアンチエンジングに走るのではなく、本来、死は生きることの一部であるから、上手に死を楽しんでいく。それが道教の養生の背景にあります。

 

 

 

 

 

そのなかで気功とは、気を鍛錬する技能。

それは「導引」「吐納」「静定」「存思」「内丹」に分類されます。

――「導引」「吐収」では、ストレッチをし、リラックスし、呼吸を調える。その後に少し瞑想状態になるのが「静定」。我々が今やったのはこの「導引」「吐納」「静定」のあたりです。そこにもう少しイメージを使ったものが「存思」。それからすごく重要なのが「内丹」。それは外の呼吸ではなく内側の呼吸。丹田の気が動いているものです。

 

 

 

 

 

そういったことを日本に気功を紹介した津村喬さんは「気功的生活」と言われていますが、気功をしていなくても気功的にいられる生活――「自然を生きる」「病を生きる」「身体を生きる」「死を生きる」――世界を《気》として体験する。そのような意識の洗練をしていくのが大事なのだと思います。

 

 

次回、2017年1月7日は、引き続き濱野先生から気功を学びます。テーマは《覚醒する「心体」と気功》です。

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