Skoleと日常のクロッシング その5(0812)

お盆の始まり、ふと暑さが和らいだ土曜日の昼下がりにSkoleのmethod5「くつろぐ」が開催されました。

本日の講師は藤田一照先生です。一照先生とはSkoleの第1期のときに初めてお会いしました。その第1期では坐ることを通して、座禅とは何か、禅の中で大切にされている調身・調息・調心について体験的に学びました。

今回は「くつろぐ」という視点から「何もしないことをいかに積極的にしていくか」ということを学んでいきました。

 


さて、本日も岡村心平さんのお話から始まりました。

今回の講師である藤田一照先生の取り組みは、座禅とアメリカで生まれてきたソマティックの伝統との交差、つまり身体からアプローチすることが特徴としてあるようです。また、前回の定行さんの大学時代の先生であった竹内敏晴先生の授業を受講し、それと並行して野口三千三先生の野口体操を学ばれていたそうです。

 

今回の内容は以下の通りでした。

・「くつろぐ」と今までのテーマとのつながり

・ワーク①:「バラバラ歩き」と「つながりのワーク」

・ワーク②:グラウンディング瞑想

・「くつろぐ」ことと現代社会

・座禅と分からなさを抱える力: ネガティブ・ケイパビリティ

・ワーク③-④:鳩尾のリラックス・亀の呼吸

 

・くつろぎは求めるものなのか?

・日常にくつろぎを満たす:ワーク⑤-⑦:リラクゼーションA…積極的休息姿勢, リラクゼーションB…スワイショウとスワイジャオ・三線放鬆功

 


 

・「くつろぐ」と今までのテーマとのつながり

まずワークに入る前に藤田先生が今までの講師の先生のテーマと今回のテーマである「くつろぐ」がどう関係をしているかを話してくださいました。

今回の「くつろぐ」では「よくわからない感覚を大事」にしますが、これは第一回目の池見先生の「なんだかよくわからない実感」と共通します。そして「くつろぐ」は英語にすると「feel at home」つまり「家にいるように感じること」となり、プラユキ先生の「ホーム」や藤本先生の「ホームポジション」とつながります。そして、定行さんの「ひらく」の根源にある竹内ワークを学んだ竹内敏晴先生には藤田先生も学んでいるというつながりがあります。このように、様々なつながりがあることから、今回は同じ食材を異なる切り口から調理するような、そんな時間になると話されていました。

 

 

・ワーク①:「バラバラ歩き」と「つながりのワーク」

導入のワークはウォーミングアップとして、2種類のワークを体験しました。

「バラバラ歩き」は、その言葉の通り、街や駅の雑踏を歩くようなイメージで会場を歩くワークです。気が向いたら立ち止まったり、誰かと話したりすることができます。藤田先生はバラバラに歩くことは我々にとっては案外難しいことだと話します。現代生活において私たちのからだは、「勝手にする」ということを自粛している身体になっているそうです。寛ぐにはまずこの「条件づけられたからだ」に気づくことが大切と話します。これは前回定行さんがお話しされた「会う」ことと「出会う」ことにとてもよく似ているなと感じました。「出会う」ためにも「くつろぐ」ためにも、自分の身体が社会的に矯正された“からだ”になっていることに気がついておくことが最初の一歩なのだと思います。

また、「つながりのワーク」ではペアになってV字を作ったり、グループになって複雑に組み合わせた手を音楽に合わせてほどいていくワークでした。これらのワークでは言葉を使わずに行っていきます。言葉を使わずにどのように均等にバランスをとっていくかがポイントになるそうです。

 

・ワーク②:グラウンディング瞑想

ウォーミングアップをしたところで次はグラウンディングすることを体験しました。グラウンディングとは「からだを地球に預けてゆったりすること」です。自身が床に触れている面を感じたり、体重を預けて顎間接や腕や内臓がぶら下がっていることを感じたりして、普段緊張して自分で釣り上げている体重を全部預けることが大切になるそうです。また、グラウンディングはダラダラすることではなく、必要最小限の緊張を残してリラックスすることだと説明してくださいました。

このグラウンディングを体験的に理解するために、まずは屍のポーズから体験しました。仰向けの状態で足と足の距離や向き、位置を確かめながら地についている面を確かめていきます。「床と触れ合っている感じは?床と仲良くできそう?ホッとしている?」これらのことに注意を向けていきました。藤田先生によると「リラックスしている」と思っていても自分には気づかない身体の緊張やこわばりがあるそうです。つまり、その気づかない緊張やこわばりに気づいていけるかがくつろぐためには大切になってきそうです。

グラウンディング瞑想は簡単に表現するとこの屍のポーズが座った様なイメージになります。大切なのは、いかにして楽にポージングするかです。筋肉を使って座るのではなく、内骨格によって座ることを意識するそうです。藤田先生はこのことを全身骨格の模型を使い、筋肉がない全身骨格でもバランスをうまくとると座ることができることを眼の前で見せてくださいました。

このことから、グラウンディング瞑想では、バランスをとることが大事で、力を使って座るのではないことを教えていいただきました。つまり、体の重さが前でも後ろでもなく均等にバランスが取れていることで、緩み、くつろぐことができるそうです。ウォーミングアップの「つながりのワーク」では、均等に力を抜いていきバランスをとることがポイントになっており、そこでの学びがグラウンディングにも活かすことができそうだと感じました。

また、グラウンディングをする過程でからだの随所にある余分な力を抜いていきます。たとえば肩も色々な事情でつり上がっていることもあると思います。藤田先生は肩を上げていた力をリリースすると、本来あるところに文字通り「落ち着く」ことができ、それが心が「落ち着く」ことにもつながっていることを教えてくださいました。

このようにして地面に余分な力を預け、支えられている実感によってくつろいでゆけるのだと思います。

 

・「くつろぐ」ことと現代社会

グラウンディングを体験した後は、「くつろぐ」ことについてレクチャーしていただきました。「くつろぐ」という言葉は「くつ」と「ろぐ」によって構成されているようです。「くつ(大和言葉)」に漢字をあてると「朽ちる」「崩れる」「壊れる」という漢字になります。それにログという接尾語がついて「くつろぐ」です。英語で表現するとmake oneself at home, restingになります。藤田先生はresting=休息する、ということが今の我々にとってとても大切なことだとお話しされました。

現代はtime is moneyの考えが主流であり、時間でどれだけの成果をだすかというのが人の評価になっています。そうすると休んでいる時間というのは生産性がなく値打ちがないものとして捉えられてしまいます。子供の頃は大人から勉強しなさいとせっつかれ、大人になれば上司からぼーっとしないで働きなさいとせっつかれ、そうしているうちに常に生産的に時間を使っていることが善で、何もせずに休んでいることは悪というマインドセットが自分の中に出来上がってしまいます。そうすると、いくらからだやこころが休息を求めていたとしても「休んでいると取り残されたり追い抜かれたりしてしまいそう」というおそれや恐怖心が生まれてきてしまいます。そして、休みたくても休めないだけでなく、休んでいるときですら心の落ち着きを得ることができなくなってしまいます。藤田先生はこの現代の状況にピッタリな言葉としてブレーズ・パスカルの言葉として以下の文章を紹介してくださいました。

「およそ人間の不幸というものは、ひとつの部屋の中にじっと静かにとどまっていることができないという、ただひとつのことから起こっているのだ」

これは当時の貴族の観察からみつけた言葉のようです。貴族にとっては日々の時間を何もせずに過ごすことができないため、宮廷に音楽家を雇い音楽を聴いたり、美味しいものを食べ物を食べたり、異性関係にドキドキを求めたりと、様々なことを行っていきます。しかし、実際にはそれによって不幸が起こっているそうです。

もし、不幸を解消しようとするのであれば、「くつろぐ」ことによって不幸を解消できます。しかし、上記のマインドセットでは「くつろぐ」ことも同様に悪であると感じかねません。つまり、くつろぐためには稽古をしないといけなくなってきます。

 

・座禅と分からなさを抱える力: ネガティブ・ケイパビリティ

現代では自分が積極的にアピールできる何かを持っていることが評価の対象になっています。このことをポジティブ・ケイパビリティと呼び、これに値打ちが付けられ報酬が支払われます。それに対してイギリスの詩人であるジョンキーツは、「しない」ということをする能力としてネガティブ・ケイパビリティという言葉を作りました。文学において偉業を達成するための力として「あえて消極的にいられる能力」があるのではないかと考えたそうです。それは事実や理屈を追い求めずに不確かさや謎、疑問の中に安住していることができる状態とも言え、答えのない事態に耐える力としてネガティブ・ケイパビリティが必要とされているようです。

藤田先生はこの営みは座禅でも行っていることではないかと考えました。座禅は「壁に向かって座っている」とも説明できるそうです。座っている後ろの空間は既に知っている「既知(known)」の空間です。一方、目の前は壁でその先は何があるか分からない「未知(unknown)」空間です。そんな中で座禅がしている行為は、既知と未知の境目でこの先何が起こるか分からないという不確かさを今まさに見つめているという行為です。

不確かさの中にいることは、人にとって不快感や苦痛を感じてしまいます。そんな中で、未来のことに思いを馳せたり、過去の物語に逃げるのではなく、不確かな中にとどまれる力というのは、まさにネガティブ・ケイパビリティの能力であると言えます。

このネガティブ・ケイパビリティを持って誠実にとことん寛ぎ、自分や自分のからだに優しくなることで、自分のからだが自然な状態に帰り、その時に何かが生まれてきます。これが本来の創造性であるといえると藤田先生は話されます。想定されたもの中からは本当の創造性が生まれてきません。本当の創造的なものは生まれ出てきてしまうものです。どんな時代でも言えることですが殊更現代は先が予想できない世界になってきています。そんな世界の中では何が正解かわかりません。これからの世界を生きていくために、ネガティブ・ケイパビリティ、あるいは、何かが生まれるような創造的なくつろぎを真面目に考えていく必要があるのではないかと藤田先生は提唱されました。

 

・ワーク③④:鳩尾のリラックス・亀の呼吸

緊張を手放していく幾つかのワークを体験することで上記の課題を考えていく手がかりを見つけていくことになりました。

まずは「鳩尾のリラックス」についてです。鳩尾は肋骨を下の方から触っていきながら、両手がぶつかったところから指を下に4本目くらいの位置にあります。触ってみたら独特な感覚があるので、それを頼りに鳩尾の位置を探っていきました。

武術や禅の世界では「上虚下実」という言葉があります。上がリラックスしていて下が充実している、という意味で、大まかに説明をすると上半身がリラックスして下半身が充実しているということだそうです。今回ご紹介してくださった野口整体の考え方では上が鳩尾、下が丹田として捉えた時、鳩尾は息を吐いても吸ってもリラックスしている状態にして(虚)、丹田は息を吸っても吐いても充実している状態にする(実)そうです。このことを意識して呼吸をしていきました。

次は亀の呼吸です。亀の呼吸では丹田に注目しながら呼吸をしていきます。柔軟な背骨を意識しながら亀が呼吸をしに海面に上がり吸って海中に戻る姿のイメージして呼吸をしていきます。ため息のように体に残っている空気を吐き、その後に息を吸っています。

 

・くつろぎは求めるものなのか?

上虚下実の呼吸を体験した後はくつろぎについて再び説明をしてくださいました。以前、藤田先生が「くつろぐ」ことをアメリカで教えていた時によくされた質問があります。それは、「くつろぐってどうしたらいいんですか?」という質問です。寛ぐために訓練をしないといけない現代にとっては、寛ぐ方法を知っている人からhow toを教えてもらえば自分も同じように寛ぐことができる、という考え方になりがちです。しかし、藤田先生は「くつろぐ」ことはhow toではなく、一つのプロセスだと話します。はじめから形も順序も動きの結果も決まっていて、それにあてはまるように指導されて、言われるがままに繰り返していたら、寛げるようになるというわけではありません。「やわらか」「しなやか」「ゆるやか」などの寛いでいる時を表すような言葉と、それとは対極な「こわばり」「りきみ」「いきみ」などの言葉がスペクトラム上につながっているとすると、寛ぎというのはニュートラルな部分から前者の方へ向かっていく、そのプロセスそのものだと話されました。

そんな中、寛ぎを追求していくと老荘思想に行き着いたと話され、専気致柔 能嬰児乎という言葉を紹介していただきました。私たちは元々、生まれたての赤ちゃんで、その時は、純粋にその行為をすることができたはずの我々が、社会生活の中で過剰に社会に適応してしまい、そういうモードに囚われてしまっている。このため、「何かしなくちゃ」、「上手くやらなくちゃ」、ということにばかり意識をしてしまって、ただそのことをする、ということができなくなってしまっている。そう藤田先生はお話しされました。

 

・日常にくつろぎを満たす

周りの人への過剰な適応に加えて、現代社会では「今とは違う何かを追い求めて変わっていかなければならない」というマインドセットがあることによって、からだもこころも過剰に緊張していると言われています。一方で、我々の命は活動と休息を交代させながら永らえようとしています。しかし、休息は生産性ではないという考え方から脇に追いやられてしまっており、このような現状は、命を永らえる点から考えると非常にアンバランスな状態になっています。このため、この現代の流れの中でどの様に寛いでいくかということは大きな課題であると言えます。全くもって緊張していない状態が善かというとそうではなく、寛ぐために体を支えるのにも緊張は必要です。このため、必要な緊張を残しつつ、「うまくやらなくちゃ」、「失敗したらどうしよう」という様な余分な力を上手に手放して最適な緊張を探すことが重要になってくると藤田先生はお話しされました。

このため、日常生活の中にいかに寛ぎを取り入れていくかが大切です。この様な視点から藤田先生は二種類のリラクゼーションのスタイルを提案してくださいました。スタイルAは「日常ありえない様な徹底的なリラックスを探索するスタイル」、スタイルBは「日常生活の身振りをしながらそれをリラックスさせていくスタイル」です。

スタイルAは、日常的に行うことはなかなか難しいスタイルです。しかし、「くつろぐ」ということがどういったことなのかを体験的に自分自身でつかんでいく経験をして、寛ぐことを体に染み込ませることができます。

スタイルBは、日常の中で、例えば肩が上がっているな、ということに気がついたときに、フッと力を抜くように、ちょっとした瞬間、さりげない動作の中にくつろぎを取り入れていくスタイルです。

この両者を行っていくことで、日常生活に溢れている過剰な気遣いや緊張からこころとからだを少しでも寛ぎの方向へ導くように心がけることができるのではないかとお話しされていました。この両スタイルについて、スタイルAのレッスンとして屍のポーズ、積極的休息姿勢、スタイルBのレッスンとしてスワイショウとスワイジャオ・三線放鬆功というワークをご紹介いただきました。積極的休息姿勢では「何もしないことを身につける」ことを目的に心身を地球に預け、支えられている体験をしました。また、スワイショウとスワイジャオ・三線放鬆功はSkole 第1期の講師であった濱野清志先生のmethod 5「ひらく」で学んだ気功でのワークに通じるところが多々あり、野口三千三先生が作られた用語である「原初生命体感覚」やイメージを使いながらからだのことを気にかける体験をしていきました。

日常生活は甲羅の中に首を引っ込めた亀の様になっています。これらのスタイルの違うリラクゼーションを組み合わせて24時間の中に多くの寛ぎを取り入れてほしい、そして、寛いだところで終わらずに、「くつろぎ」をとことん探求していってほしいというメッセージとともに今回のワークは終了しました。

 


 

 

・日常とSkoleのクロッシング⑦:何かが創り出される間(space)

今回の「くつろぐ」の中で特に心に残った言葉は「ネガティブ・ケイパビリティ」でした。この言葉はSkole第1期の際にもご紹介頂いた言葉でしたが、それから約1年間、こころとからだについて、skoleで学ぶ中で、もう一度改めて聞くことでより豊かにこの概念を受け取ることができたのではないかと感じています。さて、このネガティブ・ケイパビリティという概念ですが、これは解決や解消が容易ではない曖昧な状況において、そこから逃げるのではなく、その場に止まり耐え抜く能力であると言えると思います。即断即決ができるということは現代社会ではとても重要な能力になりますが、一方で、明確な結果が見えない中で暗中模索する上ではこのネガティブ・ケイパビリティが役に立つのではないかと思いました。また、藤田先生のお話にもあった様に新たな作品や概念、研究成果、解決策など創造的に何かを作り出すために、積極的にネガティブ・ケイパビリティを発揮する=寛ぐ、ことが重要でもあると感じました。私自身も研究者として研究をする上でこの考え方には非常に共感できるなと感じました。論文の論理展開を考えるときや、このskoleのレポートを書くときでも、今まで吸収してきたものを自分のフィルターを通して新たな形として表現する活動です。どの様にしたらうまく伝わるかということをもちろん頭で考えるわけですが、文章として形にするまでに表面的に見ると何もしていない時間が多く発生してしまいます。ときには伝えたいことがあるのにそれがうまく言い表せず、パソコンの画面の前で一行のために長い時間座っていることもあります。しかし、このネガティブ・ケイパビリティという概念と創作活動をクロッシングしてみると、一見、生産的ではない時間にみえるこの様な時間も、潜在的には何かしらが動いている時間なのだろうなと感じました。創作活動をする上で、表面的に何も形にすることができていないこの間(space)はとても必要な時間なのだと思います。もちろん、表面的には何もしていないと周囲から捉えられてしまいますし、自分自身も1日の終わりに、何も形にすることができなかったと後悔や無念さを感じることもあるかもしれません。しかし、そういうマインドセットになっていることを知り、今回のスタイルの異なるリラクゼーションの考え方などを参考に、とことん寛ぐ中でその先からやってくるものと出会える様になれたら、明日がまた変わって見えるのではないのかなと思いました。

 


 

次回は高野雅司先生で「味わう」です。ついにSkole第2期も次回が最終回です。次回はどんな学びと出会えるのでしょうか。

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